フルマラソンに挑戦して確実にハンパない充実感を得る方法
名古屋ウィメンズマラソン2019へのチャレンジ。
今回で3回目なのに相変わらずのヘボランナーですが、初のおひとりさまでの挑戦!
そして無情にも人生初の雨の中でのマラソンへの挑戦。
途中で脚が痛くて走れなくなり、寒さに震えながら6時間台でのゴール。
今までで一番苦労した末のゴールの瞬間、
何故か今までのようなハンパない充実感は得られませんでした。
フルマラソンを完走すれば、ハンパない充実感が得られる!?
かつて、初めてフルマラソンに挑戦する時。
完走しさえすれば、自分の中の何かが変わる、達成感がハンパなくて満足できる。
と、信じて走り始め、確かにそう感じました。
走っている途中も、初めてのランナーズハイやものすごい幸福感を得られ、
沿道で見守ってくださるスタッフやボランティアの方々、
応援しに来てくれる方々の暖かさに初めて触れ、本当に感動を味わいました。
だからこそ、どんなに途中が辛いことが分かっていてもまたチャレンジしたくなるのです。
3回目のチャレンジにして初めて一人で参加してみて、改めて分かったことがあります。
それは、「ひとりで挑戦することと、友達と一緒に挑戦することは全く別」
正直、ひとりの方が気楽なのかもしれないと思ったこともありましたが、全然違いました。
そうか、私は友達と一緒に挑戦するからこそ楽しめていたのだ!
そんなことに、改めて気づかされた大会でした。
周りの楽しげな様子がキツく感じる、おひとり様
(朝、肌寒い中でスタートを一人で待っているとき)
周りはわいわいと仲間と楽しそうに写真を撮りあって笑顔です。
(スタートし、黙々と一人走るとき)
テンションの上がった仲間同士で沿道の声援に笑顔で応えたりしています。
(一番苦しい30キロ代、泣きそうに脚が痛いのを引きずっているとき)
ああ、もうすぐ終わっちゃうねー、さびしいねー。楽しい時間が終わることを仲間同士で嘆いています。
苦しくても楽しそうなランナーの中、20キロを超えた辺りから痛くて走れなくなった脚を引きずり
ひとり黙々と歩き続けてやっと約束の38キロ地点に辿り着きました。
約束通り応援に来てくれた友達の顔を見るなり、自然と涙が溢れてきます。
「脚が痛いよー、寒いよぅ」 泣きながら言われても困ったでしょうが、
友達ももらい泣きしながら、
「うんうん、痛いの?頑張ってるね、偉いね、もう少しだよ!頑張って」
とやさしいお母さんのように声をかけてくれました。
今思えば本当にお恥ずかしい。。。
楽しそうな周りの雰囲気の中、よほど寂しかった、孤独感を感じていたのだと思います。
いくつになっても、こういうときは自然と涙が溢れるらしいです。
そして、不思議なことにこの後200メートル位は足取り軽く走ることができました。
ストレッチも、マッサージもしてません。
ただ、友達の前で泣きながら話をしただけ。
それだけのことなのに、一時的に脚は痛くなくなるのです。
これが、メンタルの力なんだなぁ、と。
今までは二人で励ましあいながら、楽しみながら走っていたからこそ
ここまでの脚の痛みを感じることがなかったのだと、改めて気づきました。
このことで、マラソンはただ走ればいいってものでもない、と。
マラソンで幸福感や充実感を必ず感じられる条件
喜びや辛さを分かち合える仲間がいること
天気がいいこと (笑) も自分的には入れておきたいですが、
「今回で5回目、今までで一番楽しかったです」と、
完走後のコメントを残している方がおられたので、天気は関係ないんだな、と。
本気でマラソンを競技として取り組んでおられる方や、
趣味としてマラソン自体を楽しんでおられる方には、
フルマラソンにひとりで参加しようが、何人で参加しようが関係なく、
その目的にあった充実感や幸福感を得られることと思います。
でも、私は全くそうでなかった。。。
やっぱり、マラソンやジョギングが本当に好きだったわけでなく、
友達と一緒に苦しみや喜びをわかち合うことが好きだったようです。
人は、ゲームや映画、テレビなど娯楽であっても一人で向かっているときは
「あそび」にはならないんだそうです。
何人かでコミュニケーションをとりながら行って、初めて「あそび」になるそうです。
そして、この「あそび」が現代を健やかに生き抜くために重要だと言われ始めました。
というわけで、とにかくもっと「あそび」ましょう!
もう、「とにかく走ってみよう!人生変わるから!」
などとは言いません。
これからは、「よかったら私と一緒に走りましょう!お願いします!」
と、言います。
どなたか、「よっしゃ、一緒にやってやるか!」と思ったりしませんか?